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2011年2月 8日 (火)

セピア色の母

ゆうべ悲しい夢を見た。母が、それは私の知らない若い頃の母に見えた。古い実家の何となくだだっ広い台所で母はもくもくと食器の洗い物をしていた。下を向いて無言のままひたすら洗っていた。私はその横顔と後姿を見ながらどうしても母に気付いてもらいたくてふゎふゎと母の周りをまわっていた。白いエプロンをして髪を詰め黙って洗い物をしている母は、私に気付かないようなふりをしているようにも見えた。

ふと目が覚めてそれが夢だとわかった時、私はわけもなく悲しくて涙が止まらなかった。

大正3年生まれの母が当時高等女学校を卒業してから二十歳の時に、自身に職を求めた。当時としては女性が職業を持つことはめづらしい時代であったと思う。母は、東京都千代田区神田駿河台の「浜田病院」でのことをよく話してくれた。たまたま散歩していたら「助産婦資格取得生徒募集」の看板を見つけて浜田病院で資格を取ったという。浜田病院は皇族や華族の方々がよくお見えになられ、言葉使いがそれは丁寧で、ある時などそれはおいしい羊羹などごちそうになることもあった、などと懐かしそうに話すことがあった。

東京都文京区本郷での思い出は、楽しい思い出であったに違いない。戦争さえなかったら家族みんなでそこに住んでいたことだろう。兄たちも当時の思い出をまるで昨日のことのように生き生きと語る。

2月5日、母の17回忌を実家の兄が開いてくれた。漕洞院の境内は明るく、満開の梅の花が澄んだ青空に大きく広がっていた。

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