プーさん
プーさんのこと
受話器を持って受診の意を伝えると先生は「ちょっと重なってしまったのでゆっくりめに出掛けてきて下さい。」とおっしゃられた。指示通り少しゆっくりめに走って行ったが、いくらか早めのようであった。医院の横の駐車場にはグレイのワゴン車が止められていてその車体には四角ぼったい黒色のゴシック体で「皇宮警察」と横に書かれていた。しばらく待っているとちょうど入るスペースに一台の白い車が入った。夫婦連れらしいご主人が降りて来て先生に来院を告げていた。奥さんは助手席に乗っていて、上に白いタオルらしいものを羽織った段ボールの箱をひざに抱えたまま動かなかった。私も車を降りていたのでそれとなくご主人に話しかけてみた。「前の方がまだ終わらないようですよ。どうなさったのですか?」「一歳の猫が車にひかれて骨折したようなんです。」「あっ。それは大変早く見てもらわないと。」「どうなっているのかわからないが、足を折っているようだし、歯ぐきをやられているようで飲み食いどころか口が開かない。即死してしまったとか野垂れ死にしてしまったというのならかわいそうだがあきらめもつくが、必死の思いで家までたどり着いたことを思うと・・・」色白の助手席の奥さんの頬は紅潮し、その丸い眼は膝の上と我々のほうを行ったり来たりしている。ほどなく医院のドアが開いた。皇宮警察の若い精悍な職員は海色がかったグレイの制服と帽子をかぶり、我々の体が動くのを手で制した。二人のそれぞれが一頭づつシェパードのリードを強く握っていた。一頭は茶系っぽいシェパードで、もう一頭は黒系のシェパードであったが、さすがに訓練された警察犬で眼球は鋭く光り獲物を追い詰めるための容態はその場の空気を緊張させた。健康診断にきた2頭のシェパードを見送って私はようやくプーさんを診察台の上にのせた。プーさんは何の抵抗もなく診察台に置かれたままになっている。2日前からプーさんに異変が起きたこと、自力で立ち上がれない、歩けない、食べない、飲まない。夜中に苦しげなうめき声をあげるプーさんを何とか楽にしてあげたいと先生にお願いした。
ハンドルを握りながら涙が止まらなかったその日から一週間が過ぎた。プーさんは毎日通院して注射を打ってもらう。その日は3本のうちの1本を「抗生物質を打っておきますからね。」と先生に言われたが、それが何のためにとか、どのように効果があるのか、などそんなことはどちらでもよかった。「はい」と小さくうなづいて、プーさんが楽になってくれればそれでよいと心の中で思った。
プーさんが眠りにつている時は穏やかだ。そんなプーさんを見ていると、プーさんはこの物体の中からそっと抜け出して一緒に歩いた山や、海辺や、いろんな所を思いっきり駆け回っているに違いないと思えてならないのだ。
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コメント
元気な我々が想像する程、ぷーさんもそんなに寂しい余生ではないはず。天城の山や海岸沿いを大好きな人たちと歩いた楽しい思い出があって穏やかな余生を過ごしているはずです。少なからず私もぷーさんには楽しい思い出沢山もらいました。お世話は出来なかったけど会えて本当に感謝です。痛そうなのは辛いけどぷーさんの顔見にまた寄ります。
投稿: ドラゴン之介 | 2008年10月24日 (金) 11時02分
ドラゴンの介殿、ありがとう。でも、余生なんて言葉は使わないで。私に余生なんて言葉はない。生涯現役看板男なのさ。永久に生涯現役だよ・・。
投稿: pu-sann | 2008年10月24日 (金) 13時52分