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2008年6月15日 (日)

苦いお茶

当時助産婦をしていた私の母は、お産が近ずくと突然呼び出されては、あわてて身支度をして四角い大きな黒い皮のカバンを重たげに持って家を出た。
時には、その家のだれか男の人が徒歩や自転車で迎えに来たが、バイクの時もあった。まだ車など珍しい時代で、母が一人で行かなければならない時は、当時中学生になった兄が真夜中懐中電灯を照らしながら村の外れまで送っていくのだった。お産の始まる家の前で「お前はここまででいいよ。おかえり。」兄は暗い夜道を一人で帰らされた。
それは24時間のうち、いつ訪れるかわからない時間であった。幼い頃ほとんど家の中で過ごしていた私は、母の帰らない寂しさと不安の時間は、とてつもなく長い時間であった。
きつい消毒液の匂いがして母が帰ってくると着替えをする前に「苦いお茶を入れておくれ」と、それだけ言って着替えを済ますと、今度はゆっくりと、黙って苦いお茶をすすった。さめたお茶を飲む母の横顔を見ながら、わたしは嬉しさをかみしめて母の次の言葉を待ちながら黙ってまた濃いお茶を入れていた。

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