2018年8月 1日 (水)

自分史

ブログを書くという事はつまり自分史を書くという事なのだ。是非書き留めておきたい事、
何も無かったんだよ…とすどうりしたい事いろんな角度で色々あるけれど時間を経て何気なく開いてみると、それはそれで書いてある事に価値がある。進めてくださった、立ち上げて下さった先生に言葉に尽くせない感謝と御恩がある。人生の中でこの方との出会いがあったからこそ今の自分がここにある…そう思う事が多々ある。むしろそう思う事が全てかも知れない。ふと一人になった時、思わず自身と向き合いわが胸に問いそして感謝の念に堪えない。有難うございます。

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2018年7月24日 (火)

すべての責任は我にあり

加齢黄斑変性と言う名前の病名を眼科の医師から頂戴した。眼科を受診するまで全く思いもしていなかった。しかしこの場に及んで自身の身体を過信し過ぎていて、重ねる年齢というものを軽く見ていたのだと思う。眼科の医師に「肉より魚貝類メインの食生活を」とアドバイス頂いた。未だ手術をする段階ではないが、処方された錠剤を飲んで1ヶ月後に再診するようにと言われた。これから自身の身体と向き合いながら日常を重ねていかねばならない。

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2018年2月14日 (水)

ねこの絵柄の急須

ネコが二人並んで遠くを見つめて語り合っています。二人の未来かな・・・それとも子供たちの事かな… そんな絵柄の入ったお急須です。_m6a3589_3

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2018年2月12日 (月)

作家 石牟礼道子 享年90歳

作家 石牟礼道子氏の訃報はとても悲しく切なかった。人間はいや全ての生物は永久に生きながらえることは叶わぬものだからいつかは遭遇する別れが辛く切ないことは解っていても、辛く悲しい。遺作となってしまった石牟礼道子氏の文学の世界にまた浸りたい。

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常滑焼の急須についてのお話

 本日は地域ブランド常滑焼の急須についてのお話です。とこなめ焼の急須とは古くは江戸時代より長き歴史と伝統を持つ日本を代表する焼き物の急須です。常滑焼の急須は酸化鉄を多く含んだ土で作るため使用時にお茶のタンニンと反応して苦味が取れまろやかなおいしい味が出ます。又、急須本体に合うふたを一個ごとすり合わせて作るため急須に良くなじみ気持ちよく使用して戴けます。急須は土味を生かしているため、使い込むほどに光沢を増し味わい深く変化し使い手になじんで来ます。使うほどに愛着が出てくるのです。常滑焼の急須で是非おいしいお茶をお上がり下さい。

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2018年2月 8日 (木)

歌を忘れたカナリア…

武ガ浜に出ていくと私はまず、父と母の仏壇に手を合わせお線香を立てる。お父さんお母さんのお陰様で今の私達があります、と。感謝してもしきれない気持ちで般若心経を唱える。唱えているとき涙がこぼれそうになるのを誰にも悟られないようにじっとこらえる。以前、川奈に住んでいる姉の家に遊びに行った時亡き義兄の仏壇の前で厳かに手を合わせ線香を立て、般若心経を唱えた。読経が終わると横に座っていた姉はこらえきれないように腹を抱えてアッハッアッハと笑った。「どうかした?…」不審に思った私に「あなたのお経が音痴だから」そう言って又ゲラゲラと笑った。私は生涯音痴であることは十二分に承知しているが、「般若心経の読経までもが音痴だったとは…」私はこの後たった一人の時にしか歌わない事にした。……読経にも音痴があったなんて…

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2018年2月 4日 (日)

セピア色の母

夕べ悲しい夢を見た。母が幼い女の子の手を引いて歩いていた。母はしっとりとした着物の上に羽織をあしらい、八幡神社の鳥居をくぐり抜け神社に向かう大勢の人の渦の中にいた。私は母の後ろにぴったりとくっついて見失うまいと緊張した。神社に向かう人の塊は少しづつ少しづつ進み私の胸は鼓動を鳴らした。母に会える、母と話ができる、いっぱいいっぱい話ができる。「お母さん!お母さん!」私はあらん限りの声で呼びかけた。なのに母は全く気付く気配もないまま知らぬふりをして人の流れに流されていった。手をつながれた女の子と母は黙ってそのまま神社の鳥居をくぐりぬけ大勢の人の流れの中に呑込まれていった。

夢から醒めた私は涙に濡れていた。お母さん、お元気ですか?お変わりありませんか?今どこにおいでですか?今の私、今の現実、これからの私、いっぱいいっぱいお話する事があるのです。あなたが亡くなってからどれくらいの年月が流れた事でしょう。全てがセピア色のアルバムに代わってしまいました。私は元気です。また、お会いできますか。おかあさん………どうぞお変わりなく いつまでも いつまでも……

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2018年1月16日 (火)

河津桜

河津桜
もう春だなんて誰も言っていやしないのに目の前の公園の早咲桜がそっと教えてくれました。

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2016年6月19日 (日)

6月の爪木崎

6月の爪木崎
爪木崎灯台の湾を挟んで反対側のつきだした岩場から灯台を望みます。ずっと動きたくない気持ちを逆撫でするかのように無情な夫にせかされる。また来るね…そう言い残して名残つきない岩場のそこを後にする。6月の沈みかける陽に背を押されながら。

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2016年5月22日 (日)

レモンの花

レモンの花この年齢になって初めて見たもの、その一つがレモンの花でした。レモンは毎日何かと食卓に上がるのに、その前身の花に出会ったのが本日この日というのですからレモンに何故か済まない気がしております。ミカンの花のように香りが漂うわけでもなく、ただ実をつけるその過程でひっそりと咲いただけと言いたげなその花がなぜかいとおしく感じました。レモンの樹を植えて何年経ったことでしょう。樹はただただ大きくなるばかり、花も付けづに大きな葉をゆさゆさ揺らしこの樹はもう実は付けないんだと思い始めていました。でも、それは私の早計であったと本日気づいたのです。桃クリ3年柿8年とか言いますものね。植えただけで放っておいて実がならぬならぬとは失礼至極。本日この日レモンの花を生まれて初めて見て小さな感激をしている小さなわたしです。

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